1/29/2019

「掃除してほしい」と本当に願うなら

先日、「おぼうさんが教えるこころが整う掃除の本」の著者、松本紹圭さんの
主催する朝お寺の掃除をするテンプルモーニングに参加してきました。
(興味ある方はこちらの記事に詳細が載ってます)



お寺での掃除の後に参加者でお茶を飲んで話している時、参加者のある女性が
「お寺は掃除ができるんだけど、お家はできないんです」と語っていらっしゃいました。




ここでひっかかりました。



なぜ、お家が掃除できないのに、お寺だったら掃除できるのか?
なぜ、近くよりも遠くに行ってまで掃除をするのか?




「お寺」だから?縁起が良い?

お寺の紹圭さんが格好良かったから、会いに来た!!!!?
(それも大いにあると思いますが、笑)





なぜ、彼女は自分のお家を掃除できないのに、お寺だったらできるのか?




それは、、、




「つながり」が感じられるからです。




掃除の会には約10人ほどの参加者がいました。
誠実で素敵なお坊さん紹圭さんと一緒に皆で掃除をします。


そう、紹圭さんと皆さんの間に見えない糸がありました。



「お寺は掃除ができるんだけど、お家はできない」とおっしゃった女性は
この見えない糸である「つながり」を感じに来られていたんだと思います。



彼女の中で、掃除はただキレイにすることから、つながりを感じる
ための手段になっていたんです。



お家で一人掃除をしてもつながりは感じないですよね。



だから彼女は、わざわざ、早朝のお寺へ掃除に来るんだと思います。




では、どうしたら彼女はお家を掃除できるようになるでしょうか?


どうしたらお家で掃除をする時につながりを感じられるように
なるでしょうか?




こんまり先生の本にある片付け方法を楽しんでできる人は必要ないと思います。
こんまり先生の本を読んでも、出来ない人はこの「つながり」が
大事なんだと思います。



そう、勘の良い人はお気づきですね。



どうしたら、彼女がお家で掃除をする時に「つながり」を感じるか。



そのポイントは「人」です。



そう、
彼女と共に掃除をする「人」が必要です。




このブログは、誰かに対して、掃除をしてほしいと願っている人
にあてて書いています。



では、もし、誰かに対して「掃除をしてよ」と思っているんであれば
チャンスです。なぜなら、そう思うのは、その誰かを大切に思っている証
だからです。なんとも思っていない人に対して、掃除をしてほしいとは
思えないからです。



だから、その人に手を差し伸べられるのはあなたしかいません。




「掃除してよ」という言葉ではなく、相手を想い
「一緒に掃除しよう」という声をかけてみませんか?



ただ、相手が100%掃除なんてするつもりないという感じの人には
残念ながら効かないと思います。でも、ちょっとでも「やらなきゃ」と
思っている人にとっては、本当に救いの言葉だと思います。





僕が提案するのは、毎日でも、一週間に一度でも、決まった時間に
一緒に掃除をするということです。人が多ければ多いほど良いです。




別々に暮らしていて出来ないという人もいると思います。




でも、大丈夫!!!
何が大丈夫かって?


それは
場所は関係ないからです!!!!



大事なのは「つながり」です!!!



「同じ時間に行なう」というのがポイントです。
今の時代、LineやらFacebookやらありますよね?



連絡を取り合うだけです!
「あと5分でこちらスタートするよ〜」

なんて一言。


余談ですが、
ある身近なお坊さんが、昔言ってたことがあります。
「坐禅をする時は、同志を想って坐る」


その人は毎日、一人でも坐禅をしています。




究極を言ってしまえば、つながりさえ感じられれば、時間を合わせなくても、
掃除ができるようになるんだと思います。




そういう僕も今実践中です。遠い海外と日本の時差を計算して
一週間に一度、ある人と一緒に行なっています。


ルールは、
「都合が悪ければ無理してやらなくていい」
「基本30分だけど、その時の気分で5分だけでもいい」
「やらなければいけないということはない」



そんなに難しくないですよね?



大事なのはお互いの信頼関係だと思います。あなたとその人にしかない
つながりですから、どうしたら、一緒に掃除ができるのか考えて
言葉を投げかけてみてください。


僕もまだまだ、これからです。




ちなみに、一緒のお掃除があと5回続いたら、お洒落なカフェでお茶をする
というご褒美を自分達にあげる約束をしています。



掃除を是非、活用してください。



最後まで読んで頂きありがとうございました。
みなさんとのつながりに感謝いたします。





1/25/2019

<第一回>Training!Cleaning!Dancining終了報告

記念すべきゴミ拾いトレーニング

1月24日(木)
気温、氷点下3度
時間、16:15〜17:00まで
場所、いつも大道芸でお世話になってるコルビッツ公園
参加者、Ryotanz

コルビッツ公園のコルビッツさん




いつもこの辺りで大道芸してます




ゴミトレでの気づき


・右手で拾い左手でそれを受けるという動作が多くなっていた/
=右手が利き腕というのもあるが、右手で拾う動作を繰り返すと
左の肩甲骨とのバランスが合わなくなるので、次は左手で拾う!!



・子どもの視線を感じるとついついアクロバティックなことをしてる/
=自分の動きに完全に集中できてない。
もちろん子どもの視線を感じるなとは言わない。それよりも舞台と一緒で
離見が大事だ。(世阿弥が言ってたような)



・寒さは開始数十秒で感じなくなる/
=むしろ動かないと凍りそうだから当たり前か。。。。



・ゴミのおかげで自由に動ける/
=普通のトレーニングだと、決まった動きが多く、あまり創造的ではない。
かと言って「決まった動きのない動き」を瞬時にしようとしても、
慣れてないと続かない。
しかし、そこにゴミがあるだけで、体は水を得た魚のように動いてしまう。
「拾う」という動作に色を付ければ良いだけだからかもしれない。


・コルビッツは案外大きなゴミが落ちていなかったというのもあり、
よく目を凝らしていたため、目線が常に下だった/
=下を向くことは悪いことではないけど、続けると首が癖になるので、
より低い姿勢をとるよう次は意識しよう。


ゴミ拾い中の動きについて:
片足バランス、片足スクワット、鴨歩き、ワニ歩き、
側転、逆立ち、ピルエット、片手側転、
名前の無い動き多数、、(今度動画を撮るか、、、)


拾ったゴミの種類:
打ち上げ花火の破片(主に紙くず)
割れた瓶の破片
たばこの吸い殻
瓶の蓋
若干のビニール、など



以上、
ゴミ拾いトレーニングは思った以上に良い汗もかき、爽快だった。
トレーニングしながら、公園(の一角ですが)にゴミがなくなって
いくというのは不思議で、まるで探し物をしていたらいつの間にか
部屋が片付いていたような、そんな感覚だった。



そもそも、どうしてゴミ拾いトレーニングを始めることにしたのか?
最初は、トレーニングとゴミ拾いは別個で考えていた。
ただ、子どものKITA(幼稚園)送り迎え、KITAの週二回の掃除当番、
ダンスクラス、スタジオ掃除、そして現在はKITAの園長先生からの
お願いで、先生のヘルプを週三回など、、、あまり自分の時間がないため、
自分のやりたいことをどんどん合わせてしまえ!!!と
合わせたのがゴミ拾いとトレーニング。

元々、ゴミ拾いはいつかしたい、いつかしたいと思ってたし、
新年にイベントを企画してたけど、急な用事で出来まなかったから。。

本当、できて嬉しかった。
もちろん、参加者がいてもいなくてもOK


今後は週一回やっていくぞ!!!
次は31日(木)!!寒さに負けるな!


こんなんでました。




24. Januar (Do)
Temperatur, Gefrierpunkt 3 Grad
Zeit von 16: 15 bis 17: 00 Uhr
Place, Kollwitz platz
Teilnehmer, Ryotanz


Art des aufgenommenen Mülls:
Scherben des Feuerwerks (hauptsächlich Papierabfälle)
Bruchstücke der Flasche
Zigarettenkippen
Flaschendeckel
Etwas Vinyl usw.

Ich bin sicher was Ich das einmal inder Woche mache.

Vielen Dank!!
Ryota



12/19/2018

そうだ 諸塚神楽、行こう。③-神楽稽古、そしてまさかの神楽舞の舞台へ-

(経緯についてはこちら・前回のブログはこちら

シリーズのようになってしまったこのブログも今回が最後。
今回も少し長くなってしまいましたが、動画もありますので、
ぜひ最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。


神楽稽古&滞在


諸塚神社のお祭りが終わり、次は桂正八幡神社でのお祭り。
稽古の期間は約10日間ほど。





「とうせい」という二人で舞う演目を今回稽古させて頂きました。
(神楽では「踊る」と言わず、「舞う」と言うそうです。)


「とうせい」

・山神、水神を祀る(敬って舞う)
・桂神楽根本の舞で、神楽を身につけるには必修(基本中の基本)




宮司さんは、神楽を長くやってきている中で、
「とうせい」が一番難しいと感じているそうです。

やっぱり「基本」ってどこの世界も難しいんですね。

神楽の舞手の方々も口を揃えて「とうせい」がしっかり舞えれば、
他の神楽も舞えるということを教えてくれました。







稽古の日々のはじまり、、


この「とうせい」正直、「振り」や「動き」はシンプルでそこまで難しくない
のですが、習得は簡単にはいかず、最初かなり混乱をしました。


・東西南北四方に向かって舞う
・とにかく舞う時間が長い(全部で約20分、動いているのが15分くらい)


という、振りや動きのシンプルさが逆に、途中僕を何度も迷子にさせたのです。



扇子と写真のような鈴を持って舞ます




毎日の指導をしてくれたのは村に住む青年Tくんでした。
彼は数年前、桂神楽を祭りで見て、感銘を受け、奈良県から移ってきた勇士です。



彼のおじいちゃんは、この桂の村に住む神楽の名手。
DNAが違います。宮司Hさんも「今後の桂神楽を伝承していく男」という
お墨付きを与えている彼との稽古です。




宮司Hさんと彼は日中仕事していたので、一緒に練習するのは夜8時以降でした。


夜の8時以降!?



僕は暇人です。日中はどうしたら良いのか?
町に出る(山を降りる)には車で30分以上。僕には車もない。バスも走ってない。


こういうところですから、、、
書籍「百彩の森から〜諸塚の神楽と人々のくらし」の中の
写真:狩集武志さん




暇になりそうな僕が選んだ道は、、、、



滞在先の(宮司さんの)奥さんSさんはとっても働き者。
沢山の美味しいご飯を頂いていたので、お返しとして何か僕に
できることはないかちょうど探しておりました。



Sさんは洗濯、そうじ、食事の支度といった家事だけでなく、
農作業や、神社の管理、お祭りの準備まで色々なことを抱えていたんです。




そこで、日中暇人な僕は、色々手伝わせもらうことに決めたのです。
家や神社の掃除、キウイ採り、しいたけ採り、雑草とり、祭りの来客準備など、
できることは何でもしました。




僕は都会育ちなので、その全てが新鮮。大自然の中での農作業など、
空気は美味しいし、空は広いし、土に触れているというのは本当幸せな時間でした。
とても感謝しています。




日常と舞との関係<気づき>


そして、その(日常の)経験が神楽に対する考えをより深まらせてくれました。



まず、身体(重心)の使い方。
農作業の時の姿勢、土を踏む時の重心など、神楽の舞手たちの舞は
普通とはどこか違うと思っていましたが、こういう日常が彼らの
基礎トレーニングになっていたのだと気がつきました。必要必然です。



重心のとり方には苦労しました。
なんてったってシティボーイですから。笑


そして、ダンサーと言っても今まで踊ってきたのは
西洋系が多かったため、どうしても重心が高くなってしまっていたのです。



天地人

この「重心」
直感的に、これが日本人だ。
この「気づき」のため神楽を習いに来たのだと感じました。


ベルリンにいると色々なダンサーに会います。その都度、自分は何なのかと
自問していました。でも、わかったのです。僕は日本人だ。と。


日本人であることに誇りを持ち、日本人の舞をしようと。
西洋と東洋の融合は今後の活動で様々な変化を起こしそうです。

それはさておき、



奇跡が起こります。




神楽の舞台へ


稽古中、宮司Hさんが、なんと、祭りの際桂神楽を舞っても良いという
特別の許可を僕にくれたのです!!!!



桂正八幡神社の拝殿で桂神楽の奉納です。



その時の映像を友人が撮っていてくれたので、共有させて頂きます。



普段のパフォーマンスとは一切違いました。
収穫の感謝を神様に捧げるということで、かなり神聖な気持ちで舞わせて頂きました。
(神様に足の裏を見せないという、舞の作法からして神聖でした)



その時の映像がこちらです。(僕に神楽を指導してくれたTくんと一緒です)


長いのでYoutubeにアップしました


本当に素晴らしい経験でした。
お祭り前日はおせんまい(紅白もち)作りを村の
おばさまたちと行ない、色々なお話をしたりと、
人々との交流が本当に素晴らしかったです。



村を活気づかせるのは神楽(お祭り)だなと思いました。



そして、神楽の危機は村の危機になりえるとも同時に感じました。



人が来なければ、村はどんどん人が少なくなっていきます。
だからこそ、村を盛り上げたいと思うのです。
村人が喜ぶと人も寄ってくるとも思ってます。



一緒に農作業したり、神楽の稽古をしたり、村人が
困っていたら一声かけて手伝ったり、おそうじ(ダンス?)したり、
僕とトレーニング(笑)したり、村人と楽しい会話をしたり。
もちろん何を経験するかは、来た人次第だと思います。


お祭りを見に来るだけでもいいかもしれない。



僕は秋に行きます。


これもご縁です。
なにより、行きたいと思ったら、まず連絡ください。



もしかしたら、何をしようかと将来を不安に感じている
若者にはもってこいかもしれない。
大自然の中で僕と一緒に汗をながしましょう。



村に(人に)、自分自身に、光を照らすきっかけになれば幸いです。


おまけのおまけの動画



二次会前の急遽の余興(?)最後の部分。
昇慶さんと僕と神楽稽古をしてくれたTくんの即興ダンスです。
打ち合わせゼロです。





以下、繰り返しになりますが、
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
僕がこのブログを書く理由は、
2019年の秋、一緒に諸塚に行こう!と伝えたいからです。
・共鳴する人
・誰かに何かに光を照らしたい人
・自然と触れ合いたい人
・自信をつけたい人
・自分に何かできないか探している人
・神楽を習いたい人、神楽とは何かを知りたい人
・踊りに限界を感じている人
・身体を動かしたい人
など、
簡単には集まらないことも分かっています。
でも、一人でもいいと思ってます。
僕は来年もう一度行くと決めました。

それくらい、今回の滞在は素晴らしいものでした。
素晴らしいご縁でした。

2019年の秋(10、11月)ぜひ一緒の時間を共有しましょう!!!!!!!!!!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
いつでも連絡お待ちしております。
ryota.method☆gmail.com
(☆をアットマークに変えてお送りください。)


改めまして、宮崎での人、物、事の全てをつないでくれた
ご縁に感謝です






12/18/2018

そうだ 諸塚神楽、行こう。②-神楽体験-

前回ブログにて日本に神楽を習いに行くと決めた経緯と想いを書かせて頂きました。

このブログでは、その滞在で経験できたことを書かせて頂きます。


ー滞在スタート&神楽ー

今回、有り難いことに諸塚村の桂(かつら)地区にある宮司さんの
ご自宅に泊めさせて頂きました。
桂地区の全体の戸数は五戸のみ。(とても少ない)
僕が滞在したのは、山奥深く山頂へ向かう道を進み、その深い森を通り
過ぎた所にある一戸です。


桂地区の集落
書籍「百彩の森から〜諸塚の神楽と人々のくらし」
写真;狩集武志さん



そんな諸塚村桂地区・桂正八幡神社に伝わるのが

「桂神楽」

その起源は南北朝時代(約650年前)とする言い伝えがあります。
※江戸時代に火事があり、それ以前の文献は残っていないようです。
ただ、いずれにせよ、歴史のある貴重な神楽に間違いありません。


今回は秋の例祭で、立岩地区の諸塚神社と桂正八幡神社での桂神楽の奉納に
関わらせていただきました。





ベルリンの都市から宮崎の大自然へのトラベルです!!!


さぁ滞在スタート!!
宮崎に着いた翌日に早速お祭り準備のお手伝いがあるとのこと!
喜んでさせて頂きます!!なんでもやります!!の精神でした。

諸塚神社に行くと、
朝、おじいちゃんおばあちゃんたちが集まって掃除をしているではないですか。


おそうじ(雑巾がけ)大好きな僕に任せて〜といった感じで激しく雑巾がけを
していたら、一人のおばあちゃんが「婿に欲しいわぁ」とささやいているのが
聞こえ、ちょっと誇らしく思った僕は、とことん床を磨きました。(にやり)



ちなみに、この諸塚神社の御祭神は二十八柱と大変多く、しかも天孫降臨以前の
天神七代の祖神十三柱も含まれるとのこと。高天原時代の神を全部祭ったお宮は
ほかに例がないそうです。


諸塚神社のお祭り後のおせんまい(紅白餅)撒き



神楽の前日リハーサル
"ヨド"とは



お祭り前日の夜、神楽の舞手たちが神楽殿に集まりリハーサルをする
「ヨド」と呼ばれるものに、宮司のHさんに連れられて参加してきました。


※ちなみに、この「ヨド」というのは、その昔、夜通しでリハーサルを行なっていた
ので最初の二文字を取って「ヨド」と呼ばれるようになった
のではないかとのことでした。



神楽舞(桂神楽)が間近で見られると思うとわくわくが止まりませんでした。
神楽殿に着くと玄人の顔つきをした男衆がそこにはいました。



期待は高まるばかりです。





神楽殿に上がると奥に座敷があり、一度そこに皆が集まるとのこと。
テーブルには食事が置いてありました。ごはんを食べてから行なうのかと
思っていると、いつの間にかお酒を片手に乾杯がスタート。


(え〜、リハの前にお酒!??)



始めは驚きましたが、これは「何を大事にするか」の違いだと思いました。
僕は踊りを「いかにしっかりと踊るか」を優先させてきましたが、
ここでは「和」を重んじていたんだと思います。


「同じ釜の飯を食い、酒を酌み交わし、同じ時間を過ごす」


宮司Hさんの「そろそろやろうか」の一言で、それまで
ほろ酔いだった舞手の方達の顔が変わり、一斉に準備に取りかかった
からです。呼吸が本当に合ってます。




そこからは圧巻でした。和太鼓を打ち鳴らす振動が全身を揺らし、
舞手たちは淡々と舞う。そして、複数で舞う時の息はぴったり。



ほろ酔いだからか、たまに「こうだっけ?」みたいなやりとりもありますが、(笑)
それすらも余裕を感じる格好良さ。



その時まで自分が「神楽を舞う」こと自体しか考えてなかったのですが、朝から掃除、
夜のヨドを経験して、舞以外にも目を向けるようになりました。



そして、お祭り当日はお酒や弁当を用意したり、椅子やテーブルを運んだりの
お手伝い。
いつのまにか、僕の中ではこれら自体も神楽の一部なのだ
と思うようになっていました。


諸塚神社祭りの朝


「神楽ってやっぱり面白い」
まだ自分の稽古も始まっていないのに感動です。



お祭り当日の神楽も圧巻でした。
村を練り歩く神楽の面を着けた舞手達の行列や
神楽殿での舞はヨドとはまた違った凄みを感じました。


諸塚神社での桂神楽の様子


お祭り翌日も片づけのお手伝い。
当たり前なんだけど、大事なこと。
準備があって、片付けがあって。その中にお祭りや神楽がある。

東京生まれ東京育ちなので、こういう村全体が祭りのために動くのを
村の人達と感じられたのはとても有り難いことでした。



さぁ、
次はいよいよ、待ちに待った神楽舞の練習が始まります!!
と一回では終わらずごめんなさい!思い出が沢山あって。

神楽舞稽古で僕が感じたこと、経験したこと、次回ご報告致します☆


以下、前回と繰り返しになりますが、
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
僕がこのブログを書く理由は、
同じ志しを持っている人がいたら、
2019年の秋、一緒に諸塚に行こう!と伝えたいからです。

・共鳴する人
・誰かに何かに光を照らしたい人
・自然と触れ合いたい人
・自信をつけたい人
・自分に何かできないか探している人
・神楽を習いたい人、神楽とは何かを知りたい人
・踊りの原点に返りたい人
・身体を動かしたい人

簡単には集まらないことも分かっています。
でも、一人でもいいと思ってます。
僕は来年もう一度行くと決めました。

それくらい、今回の滞在は素晴らしいものでした。
素晴らしいご縁でした。

次はぜひ一緒の時間を共有しましょう。
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いつでも連絡お待ちしております。
ryota.method☆gmail.com




(☆をアットマークに変えてお送りください。)