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ラベル(大道芸〜Pantomime〜)が付いた投稿を表示しています

Fasching performance in Kita

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<You can watch my performance for kids in Fasching Event from the following  the videos> つくづく子どもにご縁があるなと思った一日。 "Fasching" ファッシング ベルリンの幼稚園では2月のこのFaschingの期間の一日だけ、 好きな(奇抜な)コスチュームを来て 幼稚園に登校する。もちろんメイクもありです。 (ベルリンに住んでるヒーリングおかんさんのブログでもその様子がわかります。 http://wdragon.net/apple-road/apple-road42/  ) さて、そんなベルリナーの子ども達が盛り上がるファッシングに私も関わることに なってしまったのです。 私と幼稚園の先生がお友達で、普段、私が踊ったり、子どものダンスクラスをしたり 大道芸をやっていると話していたら「パフォーマンスしたい?」と聞かれたので、 イエスと答えたら、幼稚園のFaschingイベントの日に、子どもたちに向け、 パフォーマンスを行なうことになったのです。 ※こういうところがベルリンっぽいなと思います。 ご縁で仕事が回る感じ(それについてはwasabiさんというこれまたベルリン在住 の方のブログで面白いベルリンのコネ社会のことが書かれていたのでどうぞ http://wsbi.net/vitaminb ) こどもたち、少しはウケてくれたと思います。 私、凄いと思われるよりもどうやら、笑ってほしいみたいです。 ということで幼稚園の先生が撮ってくれたパフォーマンスの一部をどうぞ。 Who are behind the wall?  my favorite socks ということで決めました。子どもたちが沢山喜ぶこと、どんどんしていきます。

大道芸 四日目の変化

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世の中うまいことできてるなぁ。。。そんな一日になった。 昨年末最後のマーケットでの大道芸。 いつもと違う自分がいた。 それが結果を物語っていることは言うまでもない。 折角なので、先に反省をあげよう。 ・前回からの好結果に、この日はコインを収めるための袋を 大道芸をする場所に持って行った。(いつもはコインを戴いたら ジャケットのポケットにしまっている) ・パフォーマンスの内容よりも結果に目がいきがちだった。 ・町でのパフォーマンスに少し慣れ過ぎて、人の反応に目が いってしまった。(反応に目がいくということは、それに反応する 自分がいるということ) ・ウォーミングアップが足りないがために指先まで神経が行き届いて おらず、表現力が劣っていた。 ・前日、シャワーを浴びなかった。!? 以上。 いつも喜びの状態でいたはずの自分が、結果を求めるということは、 結果によって自分を喜ばせようとしていたと言える。 それは’今の自分は、喜びの状態ではない’ということを 言っているようなものだ。 「幸せになりたいなら、幸せでありなさい」という台詞があるが、 その通りだと思う。 この日は、浮き足立つ自分を感じていた。心ここにあらずだったのだと 思う。見てくれる人は少なかったし、コインという結果もなかった。 なにより、パフォーマンスをしていて楽しさをあまり感じなかった自分がいる。 気分が乗らないというのはこのことだ。 心も体も、いかに向上し続けるかが大事かを感じさせられた一日だった。 ただ、もしかするともしかして、 いや、考えたくないが、もしかして、もしかすると・・・ これらの一番の原因は・・・ お風呂に入らなかったから?それが為に皆に近寄りたくない空気を 発してしまっていた・・・のか!? よし、お風呂入ろ お清めお清め〜 Ryota 大道芸など、興味ある方や質問等あれば気軽にメールくださいね。 ryota.method☆gmail.com(☆を@に変えてくださいね。)

Berlin 大道芸 再開 DAY3

「人は自然と集まるもの」 いつものマーケット、 どこの位置でパフォーマンスをするか? いつもなら、人の多い中央付近で行なう。 しかし今回、パフォーマンスをする前に、一度通りを歩き 下見をしたところ、中央付近は演技をするにはスペースが 狭いと思った。そして、子供の目線に立った時、出店の陰に 隠れることもわかった。 そういうことを頭に入れながらも、自分の感覚を大事にする。 その結果、今回初めてマーケットの端にあたる場所を選択。 スペースは広いが、人の波は少ない。 「人の多さは関係ない。見てくれる一人に意識を向けよう」 と心に決める・・・・ パントマイムをスタートさせ、数分が経つも、立ち止まる人がほとんどなかった。 もちろん通る人も少ないというのもあるが、子供があまり反応を 示さないように感じた。 それに気づき、自分の心と向き合う。 「人に意識を向けてたけど、自分の世界に意識を向けよう」 おもしろいことに、そうしたとたんに人は立ち止まり、見始める。 そこから、自分とその人(子)との世界がスタートする。 すべての根源は自分である。そして外の世界が動きだす。  「人は自然と集まるもの」 「自然」と言っても、その自然にも原因が必ずある。 捉えようのない「自然」 雨や雪や曇りやお天気の日もある・・・・ いつの間にか、人だかりができていた。 子供や大人の笑い声、温かい拍手。 今回も前回と同様に、コインボウルは置かなかったが コインを手渡ししてくれる大人や子供がいた。 広いスペースが功を奏し、今までで一番の観客の多さと、 動きの制限が広がったため、よりダイナミックに動けた。 喜びと感謝の気持ちで終えることができた。 正直、始まる前は不安を感じている。 誰も見てくれなかったら?怒られたら?失敗したら? 雨が降るのは当たり前、それがあるから芽が出るのだ。 雨が降ってるのに「雨よ止め」とは言わない。 すべては自然のハカライ。 今日もありのままの自然に感謝です。

パントマイム再開 DAY2

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いつもの場所での大道芸・・・ 期待してなかったとは言わない。 期待よりもわくわくしていたと言える。 結果は思いもしないほど、素晴らしいものだった。 自分にとっての結果は心がどれだけ喜んだか・・・だけど、 目に見える現実としても結果がついてきた。 前回もそうだが、パントマイムを行なう時にはコインを入れてもらう ためのボウルは置いていない。 (なぜなら自分の喜びのためにしているから、そして) このパフォーマンスは子供に向けて行なっている。 最近気づいたのが、自分の表現の原点は、小さい時にテレビで見た 大道芸人だったということ。そこから、鏡の前での毎日の練習が始まる。 子供の時のあの衝撃は、今でも心に刻まれている。 自分もあの大道芸人に近づこうとしているのかな。。。。そして 子供に少しでも、「今」という時を通して、未来に希望の光を見いだして もらえたら嬉しいな。そういう気持ちで今回も町に繰り出していた。 自分の技術は別に自慢できるものではないけど、「今」にフォーカスが 向いている時の自分のエネルギーには自信がある。 それが、今回の結果を生んだのだな、とも思っている。 大道芸再開2日目、 この日は、午前に雨が降っていたため、前回よりも遅い昼頃町に繰り出した。 そのためか、前回よりも人通りはかなり多い。。。。(ちょっと緊張するよね) スペースは狭かったけど、両側にある出店の番の人に、「ここで大道芸してもいい?」 と確認してからスタート!!!!!! 始めてからすぐに、今日はちょっと感覚が違うなと気づく。自分もかなり楽しいし、 足を止めて見てくれる子供(大人)もかなり多い。 そして、いつも間にか人だかりも出来ていた。 拍手や笑い声も起こった。 コインを直接渡しにきてくれる子供や大人が沢山いた。 おばちゃんが「ブンダバー(ワンダフル)」と言って、演技の途中なのに コインを手渡してくれたのにはビックリした。 さらには、近くのアパートの二階に住んでる男性が、私の大道芸を見ていたのか、 「ハロー」と呼びかけてきて、こっちに来てと合図をしてきた。 何かと思ったら、紙袋を投げてくれた。 家に帰って確認したら・・・お気持ちが入っていました。 毎回そうだけど、自分が心から喜んだあとは感謝の気持ちでいっぱいに...

Berlinパントマイム再開 DAY1

緊張するよね。 久々すぎて。 パントマイムを再開する日を決めて、わくわくしてたのに、再開まで 1週間をきってモードが少し変わった。 なんか舞台の本番が近くに迫っているというような緊張感だ。 しかも、久々の。 やっぱりやっていない期間があると、不安になるものだね。 でも、周りに公言して、後には引けない自分を作っておいたから もうやるしかない。 当日、衣装を身にまとい、上からウインドブレーカーを羽織って パフォーマンスをする近くのマーケットにレッツらゴー。 正直、不安でしかない。 「ジョギングをして体力も養ったし」 「体も前より柔らかくなったし」 「体を最大限に使えるはず」 ・・・・・ 「でも、なんで俺こんなところにいるのかな」 「今日は雨が降るかな、あぁ晴れてるや」 「あんまり子供いないじゃん、辞めようかな」 一回、その大道芸をする予定の場を通り過ぎて心を整える。 「よし、性格を変更!!!!」 「どうにでもなれ〜」 ウインドブレーカーをささっと脱いで、パントマイム開始!!!!! 未来は確実に変わったと思う。 どう変わったかなんてわからないけど、 もう、それをした時点で、未来は明らかに違う。 今は常に未来なんだなとふと思うことがある。 ということは、やっぱり今を最大限に生きたいなと 行き着く。 人間だから、不安に思ったり、悲しんだり、喜んだり。 おもしろいよね。 なるべく、なるべく、 心に素直に生きたいと思います。 この大道芸の積み重ねが、自分の今をどう変化させていくのか たのしみだ。

Berlin lacht 2日目&最終日終了

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あっという間に公演が終了 観て頂いた方々、関わったすべての方に感謝。 このパフォーマンスにより、一つ自分の壁を乗り越えたことに感謝。 そのことについて伝えたいことがいっぱいあります。 ただ、沢山ありすぎて何を伝えたら良いかわかりません。 これまで、誰かを笑顔にするためにパフォーマンスを行なってきたけど、 自分の心を開き、自分を喜ばすことが出来た時、きっとエナジーが最大限に発揮 されるんだと感じました。 だから、これまで習ってきたダンスではなく、自分が独学で好き勝手に踊っていた 踊りを舞台で出来たことは、必ずどこかで実になるというのがわかります。 これを実行し続けられた時、新しい展開を迎えるんだろうな。 ※公演を終え、控え室からトイレに向かう途中私を見て微笑む かわいい女性が。内心ウキウキするも、ニヒルな笑いをし 通りすぎました。まだまだ俺は捨てたもんじゃない。ふふふ トイレに行って夢は砕かれました。それは皆さんの想像にお任せします。

Berlin lacht 出演 1日目

ひょんなことからベルリンでパフォーマー達が集まり各々のパフォーマンスを行なうFestivalに出演することになった。 http://berlin-lacht.de/ 現在アレキサンダープラッツの駅前広場には沢山の出店が並び、数カ所パフォーマンスをするためのステージが設けられている。そう、そこで行なうことになったのだ。 誘ってくれたスペイン人の友人ミゲルに感謝だ。 路上でパフォーマンスはしていたけど、ここベルリンで正式にパフォーマーとして 参加できるなんて夢にも思っていなかった。 構想はほとんどミゲルが考えたもので、二人ともクラウンに扮する。計20分で、 その中に私のソロダンスパートの時間を4分も入れてくれた。 当日、晴天。こんな空の下でパフォーマンスができるなんて。 嬉しさと、ついにこの日がきたんだというドキドキが重なり合い、 なんとも言えない心の動きを感じる。 果たして上手くできるだろうか? 前日のミゲルの言葉を思い出す。 上手くやろうと考える必要はない。たとえ楽しんで見てくれる人が一人でも、ゼロでも、 自分自身と遊び楽しめればそれで良しだ。なぜなら それが一番のエナジーだから。 確かにその通りだ。観衆がいてもそれが出来るかが鍵かもな。 今まで見ている人を楽しませたい 感じてもらいたいと踊っていたところがある。 特に期待に応えたいという思いが入っていたと感じる。 これは本来の自分を表現していることになるのかな?誰かの価値観で自分を 形作っているたんじゃないかな? 本来の自分の表現を良しとできるかどうか。誰からも評価されないとしてもそれが 出来るかどうか・・・・ また新しい転換期を迎えているんだと思っている。 自分のハートを開けるかどうか。 さぁ 時間だ。

パントマイム in Berlin

大受けだった。 その日はいつもの土曜マーケット。 よく晴れた日で、いつもとなにも変わらない雰囲気。 ただ、違うことは大道芸として行なっていた日本舞踊ではなく パントマイムを披露することに決めた。 これまた初めての試み。 どうしても初めてというのは緊張が付いてくる。服装はHPの動画と同じような 格好をしてドキドキしながらいつもの場所に向かう。 想像が付かない。反応が怖い。何をやったらいいかも良くわかっていない。 そんな状態の中、マーケットに着いてしまった。そう、マーケットから住んでいる場所 まで徒歩3分くらいの場所なのだ。 『ちかっ』 気持ちの整理もあまりついてないまま、いつものようにコインを入れるためのボウルを セットした。 パントマイム開始だ! 始めてすぐ、あることに気づいた。 大人はあまり反応しないが、子供達が足を止めていくではないか。 子供たちが見ていたら急にテンションがあがってくるのを感じる。もう緊張も何もない。 どうしたら子供たちを楽しませられるか。それに集中していた。 そして、子供たちを喜ばせるのにコインは必要ないと感じた私は、目の前に置いておいた ボウルをしまう。 するとどうだろうか。ボウルを置かないことで、自分が意識せずに境界を作っていた ラインが外れ、私の舞台が見ている人達と同じになった。 そう、すべてがより近くなった感じだ。 もう色々な境界はない。 どんどん足を止めて行く人が増え、こどもたちの笑い声までこだまするようになった。 座り出して見始めた姉妹、パンとタンポポをくれた眼鏡の少年、お花をくれる少年、 同じようにマネをする兄弟まで登場した。 中でも驚いたのはボウルを置かずして、コインを直接私に渡してくる人が多かったこと である。たしかに、このヨーロッパでは大道芸をしている人にコインを渡す習慣は あるかもしれないが、特にボウルを置いていなかったにも関わらず多くの人から コインを頂いたことにはびっくりだ。 沢山の子供達の笑顔が見られた。 これは私の心の宝物。 自分には何ができるんだろう、と自分に問いかけていた質問に、少し答えが見えて きたかもしれない。 今は何に繋がっているかわからなくても、必ず花を咲かせるときが来るということ。 ただ、今を大切に生...

大道芸ご縁 in Berlin

それは突然のことだった。 いつものマーケット。いつもの通り沿いで日本舞踊を踊っている。 振りのレパートリーが多くはないので、同じ曲を繰り返し踊っているのだが、 さぁもう一回踊ろうという時に、二人の小さな女の子が話しかけてきた。 「あなたは日本人?」 「そうだよ。」  と答えると 「なんで踊ってるの?」 と次は、たどたどしい日本語で質問が飛んできた。 「見てくれる人に、喜んでもらいたいからだよ。」 そこから30分以上立ち話をすることになった。。 話しを聞くと、その二人はドイツの小学校に通う3年生と1年生の姉妹で、 お父さんはドイツ人、お母さんは日本人、今はお父さんと旅行中で、 近くのレストランで食事中らしい。 レストランの前の通りで私は踊っていたのだが、どうやら、そのレストランの テラス席から、私の踊りを見ていたようだ。 お父さんは何をやっているのか気になって聞いてみると、商談相手と仕事の話を しているとのこと。 私の踊りが気になって来てくれたのか、退屈だから話しに来たのか、、、 きっと、おそらく、たぶん前者だったのだろう、、、 それはともかく、その姉妹は沢山のお話をしてくれた。 名前の由来、日本のこと、お父さんの仕事、お母さんのこと、 お兄ちゃんがいることなどや、大道芸をする私へのアドバイスまで。 (踊る時、目の前にかばんを置いてコインをもらったほうが良いということまで  教えてくれた) すでにコインを入れるお椀を置いていたので、あることを 伝えると嬉しそうに笑ってくれた。 そして、最後にこの姉妹のためだけに踊ることにした。 二人の真剣なまなざしは私の心に火を灯す。 しかし、妹のほうは踊りの途中で帰り、姉のほうは私が踊り終えると何も話さず 帰ってしまったではないか。 「やっぱり曲があったほうが良いかなぁ」と帰る支度をしようとしていると、 お姉ちゃんが、また歩み寄ってくる。 そして、その子の手から私の手にコインが渡される。 わざわざお父さんのところに行ってコインを調達してきたようだ。その 想いが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。 小さな出会いと小さなコ...

1ユーロの原動力

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大道芸で踊っている間は、近くにコインを入れるためのお椀を置いている。 始めたばかりということもあり、なんか気になってしょうがない。お椀に近づく人が いると「おっ、入れてくれるのか」という甘い期待や「コインは入れたままで 平気かな?」なんていう軽い不安があったりと、ちょっと余計な考えが頭を よぎることもしばしば。基本的には踊りに集中している。とは言え、コインの 音はするので、何人くらい入れてくれたかというのは見なくてもよく分かる。 前回と同じ場所で芸を披露。あまり長い時間やらなかったというのもあるが、 コインの音はほぼ聞こえることなく、芸を終えた。 きっとこんな日もあるんだな。と、芸をした場所からそんなに遠くない木の陰に なっているベンチにて、一人反省会をしながら着替えをしていると、誰かがこちらの 方に向かって歩いてきているような気配を感じた。 怖いなと思い、顔を上げると、目の前には二十歳前後の眼鏡をかけた女性が立っていた。 その女性と目が合うと、とても早いスピードのドイツ語が聞こえてきた。 全く聞き取れない、と瞬時に判断した私は彼女のジェスチャーに意識を向けると、 彼女は私を指差し、そして私が踊っていた場所を指差している。 そして何か一言二言話した後、笑顔の彼女はあるものを私に手渡してくれた。 それは、1ユーロコインである。 彼女はコインを私に渡すと、笑顔で"Tschuess!"(さよなら)と言い去って行く。 私服に着替え終わっていたし、お椀ももちろん片付けていた。しかも、異国の 人間であるにも関わらず、コインを渡しに来てくれた彼女のその後ろ姿に 感謝すると同時に、とても胸が熱くなった。 『俺はこのためにやっているのだ』 お金のためではない。(もちろん、頂いたお金は有り難く喜びのある方へ 使わせて頂きます) 感動を与えてくれた彼女に感謝だ。 この1ユーロは一生私をパフォーマーにさせ続けるだろう。 DANKE!!!!!!!!!!!!!

初大道芸 IN Berlin

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念願だった大道芸をブランデングルク門近くの並木道で行った。 週末ともあり大勢の人が通るところである。 子供の頃、パントマイムをする芸人を見て興味を持ち、真似をして、体を動かすおもしろさを覚え、ダンサーになり、そして、いつしか自分もやってみたいと思うようになっていた大道芸だ。 パントマイムではないが、日本でこのために習っていた日本舞踊を踊ることにした。 パフォーマンスを行う場所を決め、少し離れた場所で「ドキドキ」と期待なのか 不安からなのか、どちらかわからない心臓の鼓動を息を通して感じながら、 着物に着替え、無心のまま踊る場所まで歩いていた。 約一年前、ベルリンに来る事が決まり、色々な方にドイツで大道芸を行うと 公言してはいたが、いつしか言葉だけが先行するようになっていた。 最初のわくわくはどこにいったのだろうとドイツへ来てから数ヶ月経っている事に、 少し焦りを感じながらも、日本で決めた「自分の心がわくわくする道を選択し 進んで行く」という自分の思いを信じ待っていたが、その時がようやく来た。 無我夢中とはこの事だろう。気づいたら約四時間踊り続けていた。 音を流すプレイヤーがないので、音無で踊っていたのだが、自分の中では 踊りとともに体から音が流れているような感じがしていた。 音がない事を踊らない理由にはしたくなかった。 そしてプレイヤーがない事で、音に頼らなくても踊るのが パフォーマーであると思う事もできた。 踊っている時は夢の中を生きているんだなと強く感じたのを覚えている。 この先、なにがあるかわからないが、常に今を見つめ、今の喜びを感じながら 今この時を生きていきたいと心から思う。 ryota.method@gmail.com